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夏前、静かな昼休みの終りに


Nikon D2H, Sigma DC 18-50mm f/2.8

  ・・・

日差しはまるで夏のようだった。

僕たちはランチを済ませ、公園を横切ってオフィスに帰る途中だったけど、午後の仕事を始めるまでにはまだ少し時間があったので、自販機でミネラルウォーターを買い、コンクリートの段差に木陰を見つけて腰掛けた。

大通りから一つ入っただけで随分静かになる。
公園沿いの道に停めた休憩中のタクシーの開いた窓から、AM ラジオの昼の番組が小さな音で聞こえてくる。

僕たちは、なんとなく黙ってぼんやりしていた。

「そのときからかな。」

ふと、彼は話し始めた。

「音楽が聴こえなくなったのは。」

僕は相変わらず黙って公園の真ん中辺りをぼんやり見ながら、彼の話を聞いていた。

「単なる音の集まり。道路工事の音と一緒。絵も模様にしか見えない。道路標識を見て感動しないのと同じで。」
  
「心が平らなんだ。何を見ても聞いても。食べ物も甘いとか辛いとかは分かるんだけど、おいしいかどうかが分からない。しかも、さ」

そこで彼は一旦話を切って、ミネラルウォーターのボトルの表面に細かく付いた水滴を指で何度か拭いて、その跡にできた透き通った部分を観察しているようだった。

「どうしてだか分からないけど、感情とは無関係に涙が出て止まらなくなったりするんだ。でも全然悲しくないんだよ。変だろう?」

僕は半分くらい残っているミネラルウォーターのキャップを閉めて足元に置いた。
彼は、僕がどんな風にしていても「僕が彼の話を聞いている」ことが分かっているかのように話を続けた。

「でもね、とても楽だよ。何にも邪魔されず、終わりに向かって淡々と歩くだけだから。」


大通りではいつものように車が行き交い、ランチを終えてオフィスへ戻る人たちが横断歩道で信号待ちをしているんだろうな、と僕は想像し、同時に彼が今いるとても静かで穏やかな世界のことを想像した。

僕は彼に訊いてみた。

「終わりにするの?」

彼は返事をせず、ペットボトルの中の水面を見つめながら、とても穏やかな顔で微笑んだ。

  ・・・

タクシーから聞こえてくる AM ラジオは午後 1 時を告げていた。

夏前のとてもよく晴れた水曜日の午後、とても静かな僕たちの昼休みは終ろうとしていた。


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コメント

なんていうか、思考と感情が離れ離れになってるというか、
ココロではいっぱい感じているのに
それがはっきりとした形(言葉など)にならない状態なのかな?
きちんとした理由がないのに涙が流れたり・・・って、
過去にそういうこともあったから。
そんなことを思い出しながら、読ませていただきました^^

めぐさん、こんばんは。

めぐさんはそういうことがあったんですね。
大変だったでしょう?

自分の心は自分でコントロールできると思い込んでいる人が多いですけど、コントロールできなくなる状態になって初めてそういう状態がわかるんですよね。

こんにちは

この話を読んでふと思ったことがあります。
先日、「Q.好きなことは何ですか」って質問されたとき「A.音楽です」と答えたけれど、「Q.音楽を聴いているとき楽しいですか」の問いに私は「A.楽しくない」って答えました。
いつから楽しめなくなっちゃたのかな。
「Q.今、あなたは幸せですか」と聞かれたときは、言葉に詰まってしまって何も答えることが出来ず苦笑い。

一体、私はどこへ歩いていくのでしょうかね!

翠京さん:

そうだね。

目的地に向かってどんどん進んでいるつもりだったのに、突然目的地がなくなってしまって。
でも、突然止まるのは怖くて止まれない。

なんとなく歩き続けてる。
どこへともなく歩き続けてる。

ぼくらはどこに行くんだろう。
着いた先にはなにがあるんだろう。

そこは心の中で音が音楽に変わるところなのかな?

そこでは幸せな気持ちになれるのかな?

そこは探しているところなのかな?

終わりに向かってるの?
そう問いかけられたらなんと答えるかな、自分なら。
まだ楽ではないわたしは終わりに向かってはいけないのかも。

頭と体と心。このところずっとバラバラです。

hayano5 さん:

きっと本当は「彼」も楽ではないと思うんだ。「楽だ」と思い込もうとしているだけで。

頭と心と身体がバラバラな感覚、バラバラになってみないと本当はどんなものかは分からない、ってことが分かりました。

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