新月前夜、窓、そして君の事。【第12話-最終話】

文・イラスト: セキヒロタカ
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[前回までのあらすじ]・・・
新月前夜に「その」部屋の明かりが必ず2度明滅することに気付いた僕は、新月前夜になるとベランダから観察していたが、その晩はいつもと違って点いたまま消えなかった。その緑の明かりに暗示めいたものを感じ、翌日「その」ビルに行った僕が見たのは外壁を覆われたビルだった。そこで僕は「静かな朝の天気予報」の女の子に出会い「耳たぶ」の契約をする。「その部屋」から持ち出されたものが SPring-8 に送られたことを前田から知らされた翌朝、彼女は部屋から姿を消す。僕の部屋を訪ねてきた弟と名乗る男から彼女が自殺したと聞かされるが、僕はポトスの鉢から盗聴器を発見し、三たび砂の星の夢を見る。
その日は、どんよりと曇っていたが、2月とは思えない暖かく乾いた風が吹く日だった。
僕は、駅前のドトールコーヒーに向かっていた。
頭はまだ眠剤と安定剤でぼんやりとし、足元はふらふらしていたが、僕はドトールへ向かった。
途中、車道側に倒れそうになり、それに驚いて怒鳴るタクシーの運転手に謝り、赤信号に気付かずに横断歩道を渡って大型ダンプに巻き込まれそうになりながら、僕はドトールへ向かった。
「今日は砂の日だ。今日は砂の日だ。」
僕は歩きながら、心の中でそう言い続けていた。
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ドトールに入って、僕はすぐに窓際のバーテーブルの方に目をやった。
バーテーブルには、サラリーマン風の男が1人腰かけて、モバイルPCのキーボードをせっせと打っていた。
僕は心底がっかりし、そんなに物事上手くいくわけはない、と心の中でつぶやいた。
僕は、ブレンドコーヒーのショートサイズを頼んで、窓際のバーテーブルに運んだ。特にコーヒーが飲みたい、というわけでもなかった。それに、僕は抗うつ剤の影響でカフェインに過剰に反応してしまうのだ。
僕は、トレイの上のコーヒーカップに触れることもなく、ただぼんやりしていた。
そのとき、彼女からもらったペンダントのシルバーのトップがカップに当たって、ちん、と音を立てた。僕は、はっと、我に返り、目の前のガラスの向こう側から来る視線に気付いた。そこには、こちらをじっと見て立っている女の子がいた。
彼女だった。
僕は店を飛び出して、彼女に駆け寄った。
急がないと、何かが変わってしまうかもしれない、そんな気がした。
店員や店の客は、きっと驚いてこっちを見ていただろうが、全く目に入らなかった。
僕は無言で彼女を抱きしめた。彼女も僕を強く強く抱きしめた。
そして、長く長く深いキスをした。
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やはり、彼女には弟はいなかった。僕の部屋を訪ねてきた男は彼女の弟ではなかったのだ。もちろん、彼女の手紙も「左利き」の彼女が書いたものではなかった。
彼女は精神病院に入院していた。彼女が国際テロとの関係を疑われて予防検束されたあと、病気がちだった彼女の父親は死に、3ヶ月後母親も死んだ。
心のバランスをひどく崩し、食事も取れない状態になった彼女は、そのまま精神病棟に入ることになった。
1年以上の入院生活の後、NDA に署名をすることを条件に3か月前、彼女は外出許可を得た。
「あなたの部屋に直接行くと迷惑がかかるかもしれない、と思った。少なくとも「彼ら」はそう言ってたから。」
「あなたとあの部屋にいた最後の朝、前の夜に見た「砂の日」の夢の話をしてくれたのを思い出して、毎月、新月の日に外出許可を取ってここに来ていたの。このドトールに来ていればきっとあなたは来てくれると思っていたわ。」
「酷い連中だ。何が迷惑なもんか。君が傍にいないこと以上に耐えられないことなんて、この世にあるわけがない。」
僕はそう言って、また彼女を抱きしめた。
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僕たちは、手をつないで、線路沿いの道を僕の部屋まで歩いた。
僕は、初めて彼女と自転車を押して歩いた日のことを思い出していた。きっと彼女も同じだっただろう。
僕たちは、何も話さなかった。
話す必要もなかった。
僕たちは、一緒にいる。そして、同じ道を手をつないで歩いている。
少なくとも今は。
それがどれだけ貴重なことなのか、どれだけ幸せなことなのか、今はとても分かる。
未来のことは分からない。
でも、今、一緒にいられること、それが何より大事なんだ。
僕たちは、同じ気持ちで、線路沿いの道を歩いていた。
「こんな日は、おでんが欲しくなるね。」
彼女が言った。
「動議支持。おでんに 1 票。」
僕はそう言った。僕たちは、じゃあ、おでん可決だね、と笑った。
僕たちは久しぶりに、本当に久しぶりに心の底から幸せな気持ちになった。
さっきまでどんより曇っていた空も、気が付くと西の方から青空になって来ていた。
線路の架線の西日に照らされた面が、きらきらとオレンジ色に光っていた。
僕は、僕たちが存在する世界中の景色がとても懐かしいものに思えた。
僕たちは、「本来いるべき場所」に戻ってきたのだ。
僕は心の中で、目の前のオレンジ色に光る世界に言った。
「ただいま。」
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僕たちは、その夜、僕の部屋で裸で抱き合って眠った。
セックスもせず、ただ、二人で裸で抱き合って眠った。
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僕は、また砂の星の夢を見た。
その夢は、やはり「続いて」いた。
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僕たちが、遠い惑星に来て20回目の新月の夜が過ぎたころ、彼女は病気になった。故郷の星からいくつもの医薬品を持ってきてはいたが、それらは役に立たなかった。
日々衰えてゆく彼女を励まし見守りながら、僕は調査を続け、この星の新月前夜になると遠い故郷の星へとメッセージを送り続けた。
ある日、僕たちは気付く。
故郷の星がついに滅んでしまったことに。
こんなに離れていても、共有している意思によってそれが分かることに僕たちは改めて気付いた。
その夜、彼女は、あの時と同じように僕の小指に人差し指を付け、「幸せというのとは違うけど、あなたといられて良かったと思う」と言った。
僕はこの前は言わなかった「僕もだよ」という言葉を言おうとした。
しかし、その時には、彼女はもう生きるのをやめていた。
新月前夜がやってきた。
でも、僕にはもうメッセージ送る理由がなくなっていた。
僕は彼女の亡骸の首元に掛かっている、銀色のカプセルを鍵を使って開き、中のリング状の安全スイッチを引き抜いた。
カプセルは緑色に明るく、僕の視界を奪うほどに明るく輝いた。
この輝きが終わるころには、僕と彼女は炭化して小さな塊となり、水分は蒸発して気体になり消え去るだろう。
この部屋の物もすべて原形をとどめないだろう。
すべて終わったのだ。
「もう行っていいんだよ。」
緑の光はそう言っているようだった。
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目が覚めた。
僕は彼女を抱きしめて泣いていた。
彼女は、僕の方をじっと見て、同じように泣いていた。
「君にも見えたんだね。」
彼女は何も言わずに僕と彼女の間にあるペンダントのトップをそうっと手のひらで包み、彼女の頬に当てた。そして、そのまま僕の方に頬を近づけた。
・・・
それから、僕たちは僕の部屋で暮らし始めた。
僕もNDAに署名して彼女の身元引受人になった。
僕たちは、新月前夜になると、ベランダに出て、マグカップのコーヒーを分けあいながら、骨のように白くて細くなった三日月を眺めた。
そうして、僕たちは、何も言わず、あの「緑の明かり」の部屋のことを想った。
僕たちは君たちのことを覚えているよ。
これからもずっと覚えている。
三日月が新月になる前の夜、君たちがずっと故郷の星に向けてメッセージを送り続けていたこと。
僕たちはきっとずっと覚えている。
君たちは、間違いなくここにいた。
骨のように白くて細い三日月と一緒に。
(おわり)
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(あとがき、あります。↓の「続きを読む」で。)















まで