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新月前夜、窓、そして君の事。【第 11 話】


文・イラスト: セキヒロタカ
 
 
  ・・・

[前回までのあらすじ]
新月前夜に「その」部屋の明かりが必ず2度明滅することに気付いた僕は、新月前夜になるとベランダから観察していたが、その晩はいつもと違って点いたまま消えなかった。その緑の明かりに暗示めいたものを感じ、翌日「その」ビルに行った僕が見たのは外壁を覆われたビルだった。そこで僕は「静かな朝の天気予報」の女の子に出会い「耳たぶ」の契約をする。「その部屋」から持ち出されたものが SPring-8 に送られたことを前田から知らされた翌朝、彼女は部屋から姿を消す。ポトスの鉢が残された僕の部屋を訪ねてきた弟と名乗る男から彼女が自殺したと聞かされる。
      ・・・

 

僕は注意深く外側と内側の鉢を観察したが、特に変わったところは見つからなかった。

思い過ごしか、と鉢を元に戻そうとしたとき内側から擦るような音がかすかに聞こえた。僕は静かにポトスの株を覆っているウッドチップを退かしていった。

「それ」は、鉢の内側に張り付く形でウッドチップに見せかけたプラスティックに覆われて置かれていた。静かに剥がすと、張り付いた面にはピエゾピックアップに使われるようなラバーが付いていた。「その手」の機器に詳しくない僕が見ても明らかに「隠すため」の造りだった。

「外事か。」

僕は声に出さずにつぶやいた。おそらくこれは盗聴器だろう。
僕は盗聴器を発見したことに何の感情も抱けなかった。今頃盗聴器を発見しても遅いのだ。何もかも終わってしまった。

そのウッドチップ状のプラスティックはずいぶん汚れていた。おそらく、僕の部屋に来てから仕込まれたり、電池交換されたりしたことはないだろう。多分、すでにバッテリーも切れて機能もしていないはずだ。彼女を予防検束した後の数日間、僕の行動を監視するためのものだったのだろう。
あの管理会社の担当者も当局の人間だったのかもしれない。もともと、ポトスの鉢だけが残されていたこと自体不自然だったが、彼女の部屋が空っぽになったショックでそこに気が回らなかった。もし僕がポトスの鉢を持って帰ることを申し出なかったとしても、忘れものとして手渡すためにあのタイミングで現れたとも考えられる。そう考えると、彼女がいなくなった朝に、レジでクレジットカードエラーの渋滞を作っていたのも同じ連中かもしれない。

ちょっと待てよ、と僕はそこで気付いた。

「彼女の弟?」

そんな、バカな。
僕は彼女の両親のことは聞いたが、弟のことは一回も聞いたことがない。
いるなら、きっと僕に話しているはずだ。
僕はその時、ずっと抱いていた違和感が頭の中でほどけていくのが分かった。

僕は「彼女の弟」と名乗る男が持ってきた彼女の手紙を取り出して、彼女の置手紙と比べた。
どれもボールペンで書かれていた。筆跡は彼女のものだ。少なくとも僕にはそう見える。
僕はそれまで、彼女の最後の置手紙と「彼女の弟」が持ってきた手紙の文面がよく似ていることに少し違和感を感じてはいた。

しかし、違和感の本当の理由がはっきりした。

「彼女の弟」が持ってきた手紙だけ、ボールペンの「インク溜り」の跡が違っていたのだ。「彼女の弟」が持ってきた手紙の「インク溜り」は、その手紙を書いたのは右利きの人間だったことを示していた。

「そういうことか。そういうことか!」

僕は安定剤の残るぐらぐらした頭を必死で覚醒させながら、声に出さずに叫んだ。
 
 
  ・・・
 
 
僕はまた砂の星の夢を見た。

彼女からこのペンダントをもらってから、僕は砂の星の夢を見るようになった。
最初に見たのは、ペンダントをもらった夜だ。
彼女がいなくなる前の夜。

砂の星の夢。
多分、これは夢なんだろう、と思う。

  ・・・

僕と彼女は宇宙船に乗っていた。

外には、僕たちの星、砂の惑星が見える。
僕たちは、遠く離れた惑星に派遣されるのだ。

僕たちは、人工冬眠で冷凍されてその星までたどり着く。
だから、到着したときには、僕たちの星ではもう僕たちの家族も友人も生きてはいない。それを理解しての任務なのだ。

僕たちの星は滅びつつあった。
居住可能な他の惑星を見つける必要があった。

故郷の星を離れれば、再び故郷の者と会う可能性は極めて低い(居住可能な星がすぐに見つかって、すぐに移住しない限り)。孤独な任務だが、誰かがやらねばならない任務だと誰もが分かっていた。そして、僕たちの星は、大きな多細胞生物のように、星の住民と星そのものが意思を共有していた。
多くの若い住民は孤独な任務を帯びて遠い宇宙に旅立っていった。

僕たちも同様だった。でも僕たちは特に孤独だとも思わなかった。僕たちが必要としたのはお互いだけだった。

僕たちは、人知れずその遠い星の調査を行い、そして、僕たちは、僕たちのルールで、その惑星の新月の前夜、遠い遠い故郷の星に向かってメッセージを送る。

故郷の星にはもはや自分たちの知る人は誰もいない、ひょっとしたら星自体が今はもうなくなっているかもしれない故郷に。
 
 
  ・・・
 
 
目が覚めると、僕はシルバーのペンダントトップを握りしめていた。
手のひらをそうっと開くと、ペンダントトップがまた緑色に光った。この前と違って今回はもっとはっきりと光った。部屋の壁がその光を反射して、少し緑色に見えた。

そして、僕は、今日は新月の日、つまり、砂の日だ、ということに気付いた。

(つづく)

  ・・・


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コメント

こんばんは。
今日あたりアップされるかな、と思い・・・。

今日は小説を2冊読みました。
2冊とも切ない話でした。
hirobotさんのこのストーリーも切ない・・・。

何だか今の自分も
ここに出てくる「僕」ように彷徨っているので、
余計にこの話の終わりがどうなるのか、気になって仕方ありません。

*** taku さん ***
いつもコメントありがとうございます。とても励みになります。

プロの小説と並べていただいて、恐縮です。
しかし・・・1日2冊ですか・・・
かなり早いペース。多読なんですね。

この話、次回が最終話です。
第11話から最終話に向かって、僕の描きたかったことの本質が浮かび上がってきます。
ご期待に添えるようなレベルになっていればいいのですが。

いえ、毎回とっても楽しませていただいてるんですよ。

hirobotさんが書きたかったその「本質」、
多分、読み終えた後で
じんわり自分の中で広がるんじゃないかな。
そんな気がしています。

*** taku さん ***
毎回楽しんでいただいているとうかがって、本当にうれしいです。ありがとうございます。

本質、といっても哲学的なものではないのですが、この世界には誰も気付いていない奇跡のような出来事が沢山あるんだと思うんです。でもみんなはそれを普通のことだと思ってる。
そういうこと、です。

「私たちの生き方には二通りしかない。
奇跡など全く起こらないかのように生きるか、
すべてが奇跡であるかのように生きるかである。」

アルバート・アインシュタイン


すばらしい!ほんとに小説として出版してもいいのではないでしょうか?これを一気に書き上げたとはほんとに驚きます。
「ほんとに書きたかったこと」楽しみにしています。感じ取れるとよいのですが。
大好きだった解剖生理の先生が最後の授業で下さった「送る言葉」

「すべてのうちで一番難しいことは何だと思う?それは君が一番簡単だと思っていることだよ。目の前にあるものをありのままに見ることだ」
このような意味の言葉をドイツ語で書いてもらいました。
「生きること」すべてにおいて大事な言葉であるような気がして、ずっとずっと心に留めています。
「真実をありのままにみること」はほんとに難しいことだといつも感じています。
そういうこと(どういうこと?笑)

*** ニーナのママ さん ***
こんばんは。めちゃくちゃ忙しいだろうにコメントありがとう!
それに僕の小説を楽しんでもらえたこともとてもうれしいです。

「目の前にあるものをありのままに見ること」ですか・・・
本当にその通りですね。

確かに、あるがままを見、あるがままを受け入れ、あるがままに生きることができれば多分とても楽に生きられるんだろうな、と思います。

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