新月前夜、窓、そして君の事。【第 8 話】
文・イラスト: セキヒロタカ
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[前回までのあらすじ]・・・
新月前夜に「その」部屋の明かりが必ず2度明滅することに気付いた僕は、新月前夜になるとベランダから観察していたが、その晩はいつもと違って点いたまま消えなかった。その緑の明かりに暗示めいたものを感じ、翌日「その」ビルに行った僕が見たのは外壁を覆われたビルだった。そこで僕は「静かな朝の天気予報」の女の子に出会い「耳たぶ」の契約をする。翌朝、僕は前田から「その部屋」から持ち出されたものが SPring-8 に送られたことを知らされる。
「私がどんな気持ちで待っていたかわかる?ポストに入っていた合鍵を見て、どんな気持ちになったかわかる?」
「ごめん。もっと早く戻ってこようと思ってたんだよ。不安にさせたり心配させたりしたのは、本当に悪いと思う。ごめん。」
彼女は、俯いたまま左手で僕の右手の指先をぎゅっと握った。
「公園、行こうか。暖かいものでも飲みながら、少しお話しよう。」
僕がそういうと、彼女は握った僕の手を見ながらだまって頷いた。
僕たちは公園の入り口にある自動販売機でコーヒーを買い、手をつないだまま公園を横切ってベンチに腰掛け、暖かい缶コーヒーを分け合った。日は少し長くなり、公園では花も少し咲き始めていた。
僕たちは、ベンチに腰掛けたまま、野良猫の毛並みの差や公園の木の枝ぶりについて、ぽつぽつと話をした。
僕は前田から聞いたことを話さなかったし彼女も訊かなかった。多分、二人ともそんなことを話すのは何か違うような気がしていたのだと思う。
僕はくだらない冗談を言い、彼女は笑った。
「あなたって、そういうこと言わない感じなのにね。そういうくだらないところも好きよ。」
いつものように彼女はそろえた膝に手を当て、ちょっと立てたつま先を見ながらそう言った。
僕は暮れてきた空を見上げた。
さっきまで真っ青だった空は濃い群青になり、少し筋雲が掛かっていた。
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公園から戻った僕たちは夕食も取らずにセックスした。
お互いの中にできた大きな空洞を埋めるように、お互いを食べ尽くすように貪り合った。
途中、オートロックのインターホンが一度鳴った。
彼女は、小さな声で「やめないで」と言って、僕の両頬を引き寄せて深いキスをした。
彼女は何度も達し、僕も果てた。
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僕は彼女に今日前田から聞いたことをゆっくりと話した。
すでにあのビルの周りは当局から監視されていること、彼女が見たビルから運び出されたダンボール箱は SPring-8 へ運ばれた後、理研の和光本所に送られたこと。
僕が話し終わっても、彼女は僕の胸に顔を付けたままでじっとしていた。
しばらくして、少しずつ今日あったことを話してくれた。
「“あの”部屋にいた人たちは私たちからは感じられないところに行ってしまったと思うの。もうこの世界にはいない。この世界のどこにもいないの。」
彼女はそう言って、僕のうなじに鼻先を軽く当てた。
それは嗅覚で僕との記憶を固定しようとしているように思えた。
彼女は話を続けるのを少しためらっているようだった。
「今日、お昼前に部屋に帰ったらあなたがいなかったから部屋で待っていたのね。でも、なかなか帰ってこないので、きっとあのビルのところに行ったんだ、と思って自転車でビルのところに行ったの。今日もやっぱりあの“変な感じ”はしなかったわ。少しビルを見上げていたら、視線を感じたの。外国人の男の人と多分日本人の男の人がこちらをじっと見てた。私、少し怖くなって急ぎの用事があるフリをして自転車で急いで帰ってきたの。」
彼女はそういってから、僕のうなじから顔を離した。
やはり、当局の監視が厳しくなっているようだった。彼女もマークされかねない、と僕は心配になった。
「職場が近いから難しいだろうけど、もうあのビルに近づくのはやめた方がいいよ。君が危ない目に遭うのは耐えられないよ。」
「うん。わかったよ。」
彼女はそう言って僕の胸元に顔を戻し、それから、身体を少し起こして首の後ろに手を回してネックレスを外した。僕は彼女がそのネックレスを外したのを初めて見た。そのシルバーのトップの付いたネックレスはいつも彼女の胸元にあった。シャワーのときも、眠るときも。僕と抱き合うときも僕と彼女の間にネックレスがあった。だからそれは僕にとってずっと彼女の一部であったし、僕らの“一員”だった。
彼女はまたゆっくりと身体を僕の方に倒し、僕の首に優しく手を回してネックレスを着けた。それから彼女は僕の右の頬に唇を静かに付け、目を閉じてしばらくそのままにしていた。その間、彼女の柔らかな乳房がずっと僕の腕に触れていた。彼女は目を開けると、「そのネックレス、あげる。いつか、そのネックレスがあなたに必要になるときが来ると思うから。」と言った。
僕には彼女の言っている意味が分かった。彼女には見えるのだ。
そのとき僕は身体の中の「心」の場所が分かった気がした。その場所が強く締め付けられて湧き出た感情が僕の身体をいっぱいにした。僕は彼女を両腕で抱きしめた。僕の中からこぼれた感情は海岸の砂のようにサラサラと彼女の頬の上を流れた。
「あなたは大丈夫よ。」
彼女はそう言った。
・・・
僕は夢を見ていた。
僕たちは砂の惑星にいた。
砂でできた部屋に住み、砂色のベッドで寝ていた。
世界はすべて砂色の濃淡でできていた。
「次の新月の夜は、砂の日ね。」
と彼女は言った。
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僕は激しい胸騒ぎで目が覚めた。
とっさに彼女の姿を探そうとしたが、その必要はなかった。
彼女の吐息で僕の胸の辺りは暖かく少し湿っていた。
僕は安心して、彼女が目を覚まさないように気を付けながら彼女の肩を静かに抱いてまた眠った。
・・・
朝になり、僕たちは一緒にシャワーをして、僕は彼女に部屋にいるように言ってから、朝食を買いに出た。
僕らは昨日の昼から何も食べていなかったし、彼女が昨日昼ごはんにと買って来てくれたイタリアン・レストランのピザはすっかり冷えて硬くなってしまっていた。
僕は彼女を部屋に残しておくのはとても心配だったが、僕と一緒に動き回るのはもっと心配だった。僕はすばやく食パンとミネラルウォーターとヨーグルトを買ってマンションに戻ろうとレジに並んだが、2人前の客のクレジットカード・エラーでレジの列は渋滞していた。
何とかレジで支払いを済ませてマンションに戻り、オートロックを鍵で開けて、エレベーターで彼女の部屋の階まで昇った。エレベーターはとても遅く感じられた。
部屋の鍵を開けようとしたが、部屋の中から彼女が出てくる気配がない。僕は動悸を抑えて急いで部屋に入った。
彼女の姿がなかった。
僕は慌ててトイレをノックした。トイレの電気も消えていた。もちろん彼女もいなかった。
ローテーブルに彼女の短い置手紙があった。
「一緒に朝ごはんが食べられなくてごめんなさい。少し出かけるので、自分のお部屋に戻っていて。私も戻ったら連絡するから心配しないで。いつも愛しているわ。」
僕は昨夜のことを思い出して、急いでオートロックのインターホンの所に行って録画再生ボタンを押した。
「録画件数 0 件」
しまった!なんてこった!こんなときにこんなボーンヘッドするなんて!
0件である訳がない。昨夜、インターホンが鳴ったのは間違いないのだ。
誰かが、何らかの目的で録画を消したのだ。
彼女を一人で残した悔いと自分に対する激しい怒りがこみ上げてきた。
「なんてこった!」
僕は何度もそう吐き捨てた。
(つづく)
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コメント
きゃー!きゃー!きゃああー!!
興奮したぁー(@真矢みき)
hirobotさんのお話にしては珍しく 色っぽいシーンが!!!
それにしても続きが気になりますが、終わりに近づくのもさびしいです。
投稿者: みちる | 2010年02月03日 12:44
僕の好きな箇所。
・いつものように彼女はそろえた膝に手を当て、ちょっと立てたつま先を見ながらそう言った。
・お互いの中にできた大きな空洞を埋めるように
・それは嗅覚で僕との記憶を固定しようとしているように思えた。
・僕にとってずっと彼女の一部であったし、僕らの“一員”だった。
・海岸の砂のようにサラサラと彼女の頬の上を流れた。
いいですねえ。
ずっと続いて欲しいです。
投稿者: funamyu | 2010年02月03日 14:17
「なんてこった!」
続きが気になるので、私が北海道から帰ったら、続きのアップお願いします。北の大地で続きが気になり、うわの空だといけませんので。←超我がまま&自己中です。(笑)
投稿者: なん | 2010年02月03日 14:40
*** みちるさん ***
どーもー。こーふんしていただけましたか・・・いやはや・・・(絶句)
まぁ、雪国(ってか、高山だよね。なんてったって日本の尾根ですから)は寒いですから、少しぐらいあったまってよかったのではないでしょうか笑
ストーリーは結構終盤ですが、もう少し続きます。
お楽しみに。
投稿者: hirobot | 2010年02月03日 20:36
*** funamyu さん ***
こんばんは。お返事遅くなってすみません。
バタバタしておりまして。
編集長殿にお褒めいただいて恐縮でございます。
結構、僕が「ここぞ」と力を入れた表現をちゃんとピックアップしていただけていて、とてもうれしいです。
まだ、もう少しストーリーは続きます。これからもお楽しみいただければ幸甚です!
投稿者: hirobot | 2010年02月03日 20:39
*** なん さん ***
こんばんは!
コメントありがとう。お返事遅くなってすみません。
そかそか、北海道旅行に行くんだったね。マヂ寒いぞぉ~。
次の更新はイラストができないとアップできないので、まだもうしばらく掛かります。
ですので↑のようなご心配は不要かと・・・
(-_-;)
投稿者: hirobot | 2010年02月03日 20:42