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僕らに必要なこと


Nikon D700, AF Nikkor 50mm f/1.4D

ま、ご存知の通り、僕はあらゆることに才能がない。

そのことは自分でもちゃんと理解しているつもりなんだが、改めてそれを実感するとかなりガックリくる。
分かっているはずなのにね。まったく。

ずいぶん昔のことだけど、知り合いの女の子が、「わかっているのに、鏡を見るたびにガッカリするのよね」って言ってたけど、それに似ているな、と思う。

その子がそういっているのを聞いた時、「分かるよ」とも言えないし、「そんなことないよ」とも言えなくて、どう答えたらイイかわからんかった。

でも、今やったらどう答えたらいいか分かるな。

「確かに、アカンとこもいっぱいあるけど、それも含めてめっちゃイイ感じやで。」

僕らに必要なことはそういうことなんだと思う。

コメント

才能っていかなるものか、分からないけど。
確かに、世の中には天才と呼ばれる人たちがいて、その人たちは才能があるんだろうと思う。でも、そんな人たちはごく一部で、奇跡に近い存在だと思う。なぜか、そんな人たちは早く亡くなることが多いように感じるけど。
それ以外の人たちの才能って、それが分からないんだ。プロ、ってのと才能は違うよね。音楽で考えるとプロだけど、才能があるとは思えない人たちの割合のほうが多い。でも、そう感じるのは才能じゃなくて、センスだと思う。じゃあ、そのセンスって何かって考えると、何をどのようにしたいか、表現したいかだと思う。それが感じられない人の多いこと。嫌になる。音楽番組なんて聞きたくなくなる。
そんな風に考えるとhirobot氏はセンスに溢れている。表現したいことが音楽だけじゃなく、いろんなところで溢れてる。だから、自分はhirobot氏の音楽を聴きたいと思うし、文章を読みたいと思うし、写真を見たいと思う。
hirobot氏と自分が共通して憧れるchar氏は、才能があるんだろうけど、でもそんなことじゃなく、彼のセンスに惹かれてるんだろう?
hirobot氏に才能があるかないかは自分には分からないけど、センスは自信あるでしょう?そんなことじゃないですかね。そのセンスに憧れますよ!
じゃあ。

*** charchiharu さん ***
いつもコメントありがとうございます。
ホント、このブログ、僕と charchiharu さん以外、見てないんじゃないでしょうか(笑)

charchiharu さんの言うとおり、「それが感じられない人が多くていやになる」と言うのは、僕も全く同感です。

僕は charchiharu さんにわかってもらえてるから、幸せですね!

「俺なら、こう演る」っていう自分のスタイルに自信が持てるかどうかがセンスというヤツの正体なのかもしれませんね。

自信の無い人やそんな概念すら最初っから持ち合わせてない人(こちらが圧倒的に多い)は、従来からのスタイルを上手くこなすことで、自分があたかも「良い表現者」になったかのように錯覚している。
単に「優れた演奏技術者」でしかないのにね。

そういうことですよね?

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作者 “hirobot” について


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