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2010年02月28日

新月前夜、窓、そして君の事。【第 11 話】


文・イラスト: セキヒロタカ
 
 
  ・・・

[前回までのあらすじ]
新月前夜に「その」部屋の明かりが必ず2度明滅することに気付いた僕は、新月前夜になるとベランダから観察していたが、その晩はいつもと違って点いたまま消えなかった。その緑の明かりに暗示めいたものを感じ、翌日「その」ビルに行った僕が見たのは外壁を覆われたビルだった。そこで僕は「静かな朝の天気予報」の女の子に出会い「耳たぶ」の契約をする。「その部屋」から持ち出されたものが SPring-8 に送られたことを前田から知らされた翌朝、彼女は部屋から姿を消す。ポトスの鉢が残された僕の部屋を訪ねてきた弟と名乗る男から彼女が自殺したと聞かされる。
      ・・・

 

僕は注意深く外側と内側の鉢を観察したが、特に変わったところは見つからなかった。

思い過ごしか、と鉢を元に戻そうとしたとき内側から擦るような音がかすかに聞こえた。僕は静かにポトスの株を覆っているウッドチップを退かしていった。

「それ」は、鉢の内側に張り付く形でウッドチップに見せかけたプラスティックに覆われて置かれていた。静かに剥がすと、張り付いた面にはピエゾピックアップに使われるようなラバーが付いていた。「その手」の機器に詳しくない僕が見ても明らかに「隠すため」の造りだった。

「外事か。」

僕は声に出さずにつぶやいた。おそらくこれは盗聴器だろう。
僕は盗聴器を発見したことに何の感情も抱けなかった。今頃盗聴器を発見しても遅いのだ。何もかも終わってしまった。

そのウッドチップ状のプラスティックはずいぶん汚れていた。おそらく、僕の部屋に来てから仕込まれたり、電池交換されたりしたことはないだろう。多分、すでにバッテリーも切れて機能もしていないはずだ。彼女を予防検束した後の数日間、僕の行動を監視するためのものだったのだろう。
あの管理会社の担当者も当局の人間だったのかもしれない。もともと、ポトスの鉢だけが残されていたこと自体不自然だったが、彼女の部屋が空っぽになったショックでそこに気が回らなかった。もし僕がポトスの鉢を持って帰ることを申し出なかったとしても、忘れものとして手渡すためにあのタイミングで現れたとも考えられる。そう考えると、彼女がいなくなった朝に、レジでクレジットカードエラーの渋滞を作っていたのも同じ連中かもしれない。

ちょっと待てよ、と僕はそこで気付いた。

「彼女の弟?」

そんな、バカな。
僕は彼女の両親のことは聞いたが、弟のことは一回も聞いたことがない。
いるなら、きっと僕に話しているはずだ。
僕はその時、ずっと抱いていた違和感が頭の中でほどけていくのが分かった。

僕は「彼女の弟」と名乗る男が持ってきた彼女の手紙を取り出して、彼女の置手紙と比べた。
どれもボールペンで書かれていた。筆跡は彼女のものだ。少なくとも僕にはそう見える。
僕はそれまで、彼女の最後の置手紙と「彼女の弟」が持ってきた手紙の文面がよく似ていることに少し違和感を感じてはいた。

しかし、違和感の本当の理由がはっきりした。

「彼女の弟」が持ってきた手紙だけ、ボールペンの「インク溜り」の跡が違っていたのだ。「彼女の弟」が持ってきた手紙の「インク溜り」は、その手紙を書いたのは右利きの人間だったことを示していた。

「そういうことか。そういうことか!」

僕は安定剤の残るぐらぐらした頭を必死で覚醒させながら、声に出さずに叫んだ。
 
 
  ・・・
 
 
僕はまた砂の星の夢を見た。

彼女からこのペンダントをもらってから、僕は砂の星の夢を見るようになった。
最初に見たのは、ペンダントをもらった夜だ。
彼女がいなくなる前の夜。

砂の星の夢。
多分、これは夢なんだろう、と思う。

  ・・・

僕と彼女は宇宙船に乗っていた。

外には、僕たちの星、砂の惑星が見える。
僕たちは、遠く離れた惑星に派遣されるのだ。

僕たちは、人工冬眠で冷凍されてその星までたどり着く。
だから、到着したときには、僕たちの星ではもう僕たちの家族も友人も生きてはいない。それを理解しての任務なのだ。

僕たちの星は滅びつつあった。
居住可能な他の惑星を見つける必要があった。

故郷の星を離れれば、再び故郷の者と会う可能性は極めて低い(居住可能な星がすぐに見つかって、すぐに移住しない限り)。孤独な任務だが、誰かがやらねばならない任務だと誰もが分かっていた。そして、僕たちの星は、大きな多細胞生物のように、星の住民と星そのものが意思を共有していた。
多くの若い住民は孤独な任務を帯びて遠い宇宙に旅立っていった。

僕たちも同様だった。でも僕たちは特に孤独だとも思わなかった。僕たちが必要としたのはお互いだけだった。

僕たちは、人知れずその遠い星の調査を行い、そして、僕たちは、僕たちのルールで、その惑星の新月の前夜、遠い遠い故郷の星に向かってメッセージを送る。

故郷の星にはもはや自分たちの知る人は誰もいない、ひょっとしたら星自体が今はもうなくなっているかもしれない故郷に。
 
 
  ・・・
 
 
目が覚めると、僕はシルバーのペンダントトップを握りしめていた。
手のひらをそうっと開くと、ペンダントトップがまた緑色に光った。この前と違って今回はもっとはっきりと光った。部屋の壁がその光を反射して、少し緑色に見えた。

そして、僕は、今日は新月の日、つまり、砂の日だ、ということに気付いた。

(つづく)

  ・・・


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2010年02月26日

第11話と最終話は、もうすぐ!

たくさんの励ましの“クリック”、ありがとうございます!
「こんなに期待してくれているんだ」って思うと、とてもうれしくなります。

さて、物語は第12話で完結します。
文章はもう校正も終わっているので、後はイラストだけです。
最終話(第12話)はイラストがもうできているので、11話を掲載後、あまり間を開けずに掲載する予定です。なので、11話掲載されたらすぐに読んでくださいね。間違って最終話を先に読んじゃうと、結末が分かってしまいますので。
では、みなさん、お楽しみに。


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2010年02月24日

新月前夜、窓、そして君の事。【第 10 話】


文・イラスト: セキヒロタカ
 
 
  ・・・

[前回までのあらすじ]
新月前夜に「その」部屋の明かりが必ず2度明滅することに気付いた僕は、新月前夜になるとベランダから観察していたが、その晩はいつもと違って点いたまま消えなかった。その緑の明かりに暗示めいたものを感じ、翌日「その」ビルに行った僕が見たのは外壁を覆われたビルだった。そこで僕は「静かな朝の天気予報」の女の子に出会い「耳たぶ」の契約をする。「その部屋」から持ち出されたものが SPring-8 に送られたことを前田から知らされた翌朝、彼女は部屋から姿を消す。僕に残されたのはシルバーのペンダントと置手紙とポトスの鉢だけだった。
      ・・・

 

気付くと、いつの間にか夏も終わろうとしていた。 僕は半年の間、毎日彼女と繋がる糸の先を探し続けた。新たに入ってくる仕事はすべて断った。とても仕事ができる精神状態ではなかったから、受けてもできなかっただろう。

  ・・・

夏の湿度を含んだ空気が、秋の乾いた空気に入れ替わったころ、例の SPring-8 に送られた検体の件で米DHSのテロ対担当が日本に入り警視庁公安部のNBCテロ対応専門部隊と連携していたという噂が聞こえてきた。前田が手を引くのも理解できた。予防検束まがいのこともあり得る、と考えたのだろう。
僕は、彼女がいなくなる前日に「あの」ビルの前で「外国人と日本人と思われる二人組から見られていた」と言っていたことを思い出した。彼女は、あのビルの様子を毎日(日によっては何度も)観察しに行ってくれていたから彼らにとっては明らかに不審人物だ。

予想されていたことだが、すでに彼女は自己都合で退職したことになっていた。彼女の職場に実家の連絡先を訊いたが、もちろん答えてくれるはずもなかった。
前田の推測が正しければ、僕一人でなんとかできる問題ではなかった。ただ、静かにして僕は何も嗅ぎまわったりしないし、彼女が帰ってきても何も詮索する気はない、ということを「彼ら」に理解させることが大事だった。

  ・・・

そして、彼女が居なくなって2度目の冬が来た。

彼女と時間を共有していた季節。

彼女と最初におでんを食べた曜日には、僕は必ず、テーブルの上にポトスの鉢を置いて、おでんを作り、ピノノワール種のワインを買い、一人で飲んだ。

ある日、僕の部屋のオートロックのインターホンが鳴った。
インターホンのカメラの向こうには、特徴のないビジネススーツを着た、特徴のない顔立ちの三十歳前後の男がいた。その男は、僕の名前を知っていた。
僕はとても警戒していたが、その男は自分の名前を名乗り、彼女の弟だと言い、姉からの預かり物を持ってきた、と言った。
僕は驚き、オートロックを開け、彼を玄関まで招き入れた。

彼女からの預かり物とは、僕宛の手紙だった。
手紙には、「一緒に朝ご飯食べられなくてごめんなさい。あなたとまた一緒に朝ご飯を食べたかった」と書かれていた。
間違いなく彼女の筆跡だった。僕は毎日彼女の2通の置手紙を読んでいるから、間違えるはずもなかった。

「この手紙は、姉から生前、あなたに渡して欲しいと、預かったものです。」

と彼女の弟は言った。

精神を患った末の自殺死だった。


彼女の弟が帰って、一人になった僕は、声を上げて泣いた。
声を抑えようと思ったが、無理だった。
僕はベッドにもぐりこみ、枕を口に押し付けて、大声で泣いた。

  ・・・
 
 
そして、僕は、うつになった。
 
 
それは中途覚醒から始まり、そのうち、平衡感覚が保てなくなった。三半規管から入ってくる膨大な情報量に、うつで傷んだ脳が耐えられなくなったのだ。
次に、テレビなどの動く情報を受け入れることができなくなり、音楽も聴けなくなった。観たり聴いたりするだけで、脳が処理できずにパンクして、頭がぐらぐらし吐き気がするようになった。
わけもなく一人で突然号泣してしまうことがあり、外出はほぼ不可能になった。階段の上り下りでさえ安全に遂行できなかったので、いずれにせよ外出は難しかった。

知人の精神科医から、すぐに専門医に見せた方が良い、僕でも良いができれば個人的な知り合いじゃない方が良いだろう、と言われ、彼と留学先が同じで信用できる精神科医を紹介してもらった。
比較的有効性が高いと言われていた SSRI を何種類も試し、承認されたばかりの SNRI も試した。前世代の三環系抗うつ剤も試した。しかし、どれも焦燥感を高めたりするばかりで何の効果もなかった。

僕は毎日、朝早く、というより夜中に目を覚ました。
意識がはっきりすると、とにかく自分の真中あたりがものすごい力で締め付けられるように強烈に痛んだ。肉体の苦痛とまったく同様に、精神の苦痛も「痛覚刺激」を伴うということを初めて知った。僕はその痛覚を麻痺させ、苦痛を和らげるため、毎日大量の安定剤を飲んだ。そして、一日をぼんやりと過ごし、夜、ベッドに入ってから意識を失う程度の量の眠剤を飲むこと以外、毎日ほとんど何もせずに過ごした。

体重は激減し、預金口座の残高は確実に減って行った。
 
あまりの苦痛に(実際に「痛む」のだ)、僕はそれから解放される一番簡単な方法を選ぶことにした。ホームセンターに行ってロープを買い、枝ぶりの良い木を探しに長い距離をふらふらと歩いて(車を運転できる状態ではなかったから歩くしかなかったのだ)山に入った。
僕は夜の山の中をふらふらと歩きまわり、疲れたら木の根元に座って、森の声を聴いた。
夜中の森の中では、自分の体と森との境目がとても曖昧になる感じがする。いや、実際に曖昧になるのかもしれない。僕は月明かりの中、目を凝らして、森との境目が曖昧になった僕の両手を眺めた。その行為自体、特に意味を持つものではなかったが、僕はそうしながら、僕の意思に付随して動くものがこの世にあることの不思議さを考えていた。

一晩中、森の声は止まなかった。その声は、限りなく透明でおぞましい声だったが、僕は恐怖を感じなかった。恐怖とは自分から何かを奪われることに対する感情だが、僕には奪われて困るものは残念ながらなかった。

僕はその声を聞きながら目を閉じた。

そして、僕はまた“砂の日”の夢を見た。

  ・・・

砂の惑星に住む僕たちは“砂の日”にその街に出かけることになった。

途中の街で、僕たちはドトールコーヒーに入って、アイスラテのショートサイズを 2 つ注文し、いつものように、通りに面した窓際のバーに並んで座った。

「あなたは“砂の日”が嫌い、って言っていたけど、」

彼女はそう言って、アイスラテの氷をストローでぐるぐるとかき混ぜた。

「私はそれほど嫌いじゃないわ。」

「『分かるよ』なんて軽々しく言えないけど、分かる気がする。“砂の日”なんかにあの街に行くなんて、誰とでもできるものじゃない。でも、僕たちは二人でこうして“砂の日”にあの街に行こうとしている。そういうことだよね。」

僕も、彼女と同じように氷をかき混ぜながら言った。

彼女は、ラテのストローを手に持ったまま、猫がそうするように、僕を見たまま黙っていた。僕たちはお互いに何か言おうとしたけど、結局あきらめて、窓の外のアンバーグレーにかすんだ空を眺めることにした。

僕の左手の小指に何かが触れた。見ると、彼女が人差し指を僕の小指の上に乗せていた。

「幸せというのとは違うけど、」

彼女は、僕の左手を見つめて言った。

「あなたといられて良かったと思う。」

僕は「僕もだよ」と言おうとしたけどやめた。そんなことはとっくに君は知っているだろうから。

外では相変わらず強い風が吹き、世界は砂の色の濃淡だけで構成されていた。

僕たちは、砂の惑星の知らない街のドトールの窓際で、人差し指と小指でつながっていた。

  ・・・
 
 
彼女がいなくなる前の夜に見た夢の続きだった。
 
目が覚めても、まだ森は暗かった。
僕は彼女がくれたシルバーのネックレスのトップを壊れやすいものを扱うように握っていることに気付いた。
手のひらをそっと開くと、シルバーのトップが淡い緑色に光った気がした。森の木の間から差し込んでくる仄かな月明かりが反射したのかもしれない。ただ、僕にはそれ自身が光を放っているように見えた。
僕は、精神の痛覚刺激が少し和らいでいることに気付いた。
そのシルバーのトップは、まだその時ではないよ、という彼女からのメッセージを送っているようにも感じられた。

ぼんやりしているうちに、空の色が急に変わった。森の夜は唐突に終わり、朝がやってきた。
もう、森の声は聞こえなかった。

僕は、山を下り、ふらふらと来た道を歩いて、部屋に戻った。

  ・・・

部屋に戻った僕は、彼女の部屋から持って帰ってきたポトスの鉢を落とさないように大事に抱えて、ベッドに腰掛けた。僕は目を閉じてポトスの鉢を両手で包み、そこにかすかに残っている彼女の体温を感じ取ろうとしていた。

彼女がくれたネックレスのトップがポトスの鉢に触れて「チン」と鳴った。
彼女のからっぽの部屋で、この鉢を手のひらで包んでいたときのように。

その時、朦朧とした頭の中で、ずっとモヤモヤしていた二つの情報が繋がった。

僕は二重になっている鉢の内側の鉢を静かに外側の鉢から抜いた。

(つづく)

  ・・・


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2010年02月20日

連載第10話、しばらくお待ちを。久しぶりのファッション通信。など。

連載第10話、「続きはまだか!」という励ましの(笑)メールいただき、ありがとうございます。文章はすでに書きあがっているものの (というか、文章はすでに全部書けているのですが)、例によってイラストが・・・
すみません。今しばらくお待ちを。

  ・・・

さて、久しぶりのファッション通信です。
女の子は、ちょっとしたお出かけに持っていく鞄っていろいろあっていいですよね。クラッチバッグ、ワンショルダー、ハンドバッグ・・・。
でも男って困るんですよ。そういう鞄がない。セカンドバッグとかだと、ちょっとね・・・
セカンドバッグ持ってると、なんか、こう、ダブル ブレステッドのスーツを着て、ゴールドのロレックスして、ヨーロッパ人なら(バカにして)乗らない “ベンツ(笑)” のデカイやつ乗ってそうでしょ?(笑)
仕方ないので、自分で作りました。
(詳細は、長くなるので、↓の「続きを読む」で。)


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自分のイメージに合うバッグを作る、といってもゼロから作ると大変なので、いろいろ考えて、手持ちのメディスンバッグやシザースケースをちょっとしたお出かけでも持っていけるバッグに改造できるストラップを作ってみました。

 全体像は↓のような感じです。
 

 
これは、最近使ってなかったシザースケース風ウェストバッグですが、それに今回手持ちのウォレットコードを改造して作ったストラップを付けたものです。

ストラップの途中に付いているのは、グラスホルダーです。
レザーコードの両端に、取り外し可能なシルバーのフックと、携帯とキーホルダーを付けられるリングを配したものをこのグラスホルダーに付けています。各パーツは、今年の僕のテーマの “ジョッキー” スタイルにミリタリーテイストをプラスしたものにしています。
ストラップとコードの長さはなんどもシミュレーションして決めて改造したので、とても使いやすくて気に入ってます。

分解したウォレットコードには、コンチョボタンを両端に付け、取り外しできるようにしているので、↓のように他のバッグに付けることもできます。
 

 
普通のショルダーだと、長さ調整できるように途中から折り返して二重になっている部分があり、どうしてもカジュアル過ぎてしまって、ちょっとおしゃれして行くところには持って行きにくいですが、これならなかなかエレガントでジャケットの形も崩れないので、下の写真の方のバッグに付ければ、カジュアルパーティぐらいなら十分対応できます。

改造をお願いしたのは、いつもの ZERO の中島さんです。
 

 
ほんと、いつもいつもお金にならない仕事ばかり頼んでるのに、嫌な顔一つせずにやってくれます。ありがたいです。
 

 
いい味出してますね。人間が(笑)


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2010年02月12日

新月前夜、窓、そして君の事。【第 9 話】


文・イラスト: セキヒロタカ
 
 
  ・・・

[前回までのあらすじ]
新月前夜に「その」部屋の明かりが必ず2度明滅することに気付いた僕は、新月前夜になるとベランダから観察していたが、その晩はいつもと違って点いたまま消えなかった。その緑の明かりに暗示めいたものを感じ、翌日「その」ビルに行った僕が見たのは外壁を覆われたビルだった。そこで僕は「静かな朝の天気予報」の女の子に出会い「耳たぶ」の契約をする。「その部屋」から持ち出されたものが SPring-8 に送られたことを前田から知らされた翌朝、彼女は部屋から姿を消す。
    ・・・


僕は彼女に繋がっている糸の先をなんとか見つけようとしたが、彼女自身のこと以外は具体的に何も知らないことに気付き愕然とした。
彼女の実家のこと、彼女の病弱な両親のこと、彼女の昔の友達のこと。もちろん、大まかなことは知っていた。両親はどういう人で、どういうところで育って、どういう友達がいたか、は知っていたけど、じゃあ、名前は?住所は?電話番号は?
何も知らなかった。

部屋の中を探せば何かが見つかるかもしれなかったが、彼女がいない間に家捜しするのはフェアじゃないし、彼女を冒涜するような気がした。

僕は彼女の置手紙を丁寧に四つ折にして、傷まないようにブルゾンの胸ポケットにしまった。今の僕にとっては、この彼女の手紙以上に大事なものはないように思えた。
僕は急いで部屋を出て鍵を閉め、エレベータの下行きボタンを押したが、ちょうど下の階に通り過ぎてしまったところだった。
僕は階段を駆け下りてマンションの駐輪場まで行き、自分の自転車を探した。自転車は予想通りパンクさせられていた。僕はタクシーを拾って、運転手に彼女の職場の場所を告げた。

彼女の職場の雑居ビルの周りは渋滞していた。僕は途中でタクシーを降り、走った。
朝で客もまばらな1Fのイタリアンカジュアルの店を早足で通り抜け、エレベーターホールにたどり着いた。
僕は、1Fに停まっていたエレベータに乗り、「6」を何度も押した。

僕は最悪の状況も覚悟していたが、メガネ店は営業していた。ガラス張りの店舗を通って来た朝日で明るくなったエレベータホールを見て、気持ちが少し落ち着いた僕は、店の中で話す内容を整理した。僕は一度深呼吸をして、ガラスのドアを開けて店に入り、まっすぐカウンターに向かった。
もちろん、そこには彼女はいなかった。
カウンターの女の子が僕に気付いて笑顔で挨拶したが、僕の表情を見てメガネを買いに来た客でないことをすぐに理解したようだった。
僕は、その女の子に彼女の名前を告げ、彼女が今朝、朝食も摂らずに突然いなくなったこと、詳しくは言えないが彼女が事件に巻き込まれているかもしれないこと、を話し、もし彼女か彼女の代理の人間から連絡があったら、もう例の調査はやめたということと、可能なら僕まで連絡して欲しいということを伝えてくれるよう頼んだ。
次に職場に電話してくるとしたら、おそらく彼女ではなく連れ出した連中だろう。僕が例の件を嗅ぎ回るのをやめたことが分かったら、彼女を早く解放するかもしれない。

彼女のプライベートなことを彼女の同僚に話すのはとても抵抗があったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
その女の子は彼女とそれほど親しいわけではないようだったが、真剣な表情で僕の話を聞いて「警察に連絡しましょうか?」と言ってくれた。
僕は、それはこちらでやりますから、と断り、協力してくれてありがとう、と言って店を出た。

  ・・・

雑居ビルから出ると、いつも通りの風景があった。
でも、そこには彼女はいない。
僕のせいで彼女はこの風景から取り除かれてしまったのだ。

僕は、本来いるべき場所から猛スピードで遠ざかっていることを感じていた。
僕という惑星は、突然、彼女という太陽を失い、宇宙の辺縁へ弾き飛ばされていた。


気付くと僕は雑居ビルの前の横断歩道を渡っていた。
鉄道の高架下を通る道の向こうに、足場が取り外された「あの」ビルが見えた。
僕は、ビルの変化に気付いた。

「あの」部屋の窓がなくなっていたのだ。

壁面からは窓が完全になくなって、他の壁と同じ材質で覆われ、何かの看板を取り付けるためのステーが設置されていた。
どうして東側の窓をふさいでしまわないといけないのか、僕には理解できなかった。ターミナル駅近くとはいえ、線路側の看板にそれほどの広告効果があるとは思えなかった。

理由は僕にはわからなかったが、「その」窓の存在が痕跡を残さずにこの世界から消えたのは明白な事実だった。


でも、今の僕にはそんなことはどうでも良かった。
少し前なら、そのことに驚愕し、大きな疑問を感じただろうけど、それより、こんなことに彼女を巻き込んでしまった自分に腹を立てていた。
彼女は職場が近いこともあったし、僕がとても「あの」部屋に興味を持っていたので、頻繁に ― 日によっては何度も ― あのビルを見に行ってくれていた。
しかも彼女は何かを感じるから、余計に目立ってしまったのかもしれない。
もし僕が、彼女にあんなことを言わなかったら、彼女は今でも普通に暮らせていたかもしれないのに。
悔やんでも悔やみきれなかった。

  ・・・

「ということは、当面お前と俺は大丈夫、と言うことだ」

電話に出た前田はそう言った。僕たちは情報を持たず嗅ぎ回っている側と見做された、と言いたかったのだろう。

「当局が動いたのか?」

「それは俺にもなんとも言えん。とにかく俺は手を引く。お前ももうこの件にはかかわらない方がいい。」

前田は僕の質問に手短に答え、そのまま電話を切った。

  ・・・

彼女を連れ出した連中が当局でないこともあり得たので、警察に連絡することも考えた。だが、取り合ってくれるわけがなかった。表面上はまったく事件性がないのだから。交際相手の女性が「すぐ戻る」と置手紙を置いて外出しただけ、なのだ。取り合ってくれたとしても、まともに捜査してくれるとは思えないし、もし動いたのが当局なら彼女が解放されるのが遅れるだけかもしれない。

そのとき、僕はようやく、重要なことを忘れていることに気付いた。
僕は大急ぎでタクシーを拾って、彼女の部屋に取って返した。

  ・・・

遅かった。

彼女の部屋はすっかり空っぽになっていた。部屋越しに見えるバルコニーの隅にもたれかかるように、小さなポトスの鉢だけが残されていた。僕は急いで部屋を出て前の廊下から下を見た。ちょうど、引越し業者のトラックが出て行くところだった。
僕は遠ざかっていくトラックをただ呆然と見送るしかなかった。

  ・・・

僕は彼女の部屋に入って、小さなポトスの鉢を大事に抱え、今朝までローテーブルが置かれていた場所に座った。
空っぽになった彼女の部屋はとても小さく感じた。
僕はポトスを抱えながら、彼女と、彼女といた部屋を思い出していた。
かすかに彼女の匂いがするソファとクッション、こじんまりとしたローテーブル、ソファに寝転んで笑う彼女、おでん鍋とピノノワールのワインボトル、彼女の体温で暖かくなったベッド、彼女の寝息で湿った僕の胸。

僕は胸ポケットから四つ折にした彼女の置手紙を取り出して広げ、何度も何度も読んだ。彼女がくれたネックレスのトップがポトスの鉢に触れて「チン」と鳴った。
気付くと僕は声を上げて泣いていた。

  ・・・

「すみません。そこにおられるのはどなたですか?」

玄関の方から声がした。管理会社の担当者のようだった。

「勝手に入られると困るんですよね。」

僕は、慌てて涙を拭いて玄関に行き、合鍵を見せて怪しいものではないことを説明した。そして、合鍵は返すから思い出の品のポトスは持って帰ってもいいか、と訊いた。キーシリンダーは交換されてしまうから持っていても仕方ないし、持っていることでまずいことにもなりかねない。それに、僕にはこのポトスの鉢は彼女と繋がる大切なものだった。

「本当は困るんですけど、何も見なかったし、聞かなかったことにします。」

彼は僕のことを交際相手に捨てられた哀れな男と思ったのだろう。少し同情してくれたようだった。

「これ、使います?」

と彼は手に持っていた紙袋を僕に差し出した。僕は礼を言って、その紙袋にポトスの鉢をそうっと入れて抱えた。彼は、もう閉めるので申し訳ないが出て行ってもらえないか、と僕に言った。僕はもう一度礼を言って廊下に出た。

  ・・・

いつの間にか、少し陽が傾きつつあった。

廊下から見えるビル群は、傾いた太陽に照らされて金色に輝いていた。
風は、春の夕暮れの、少し甘くて、不透明な匂いがした。

(つづく)

  ・・・


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2010年02月08日

【号外!】セインツ!セインツ!SAINTS !

(連載第9話は、イラスト出来次第掲載しますので、もう少し待ってくださいね! 今日は感動したので号外です。アメフトファン以外は面白くもなんともないので続きは↓の「続きを読む」で。)

すごいぞ!セインツ!!スーパーボール初出場でコルツを破ってスーパーボール制覇!!
ハリケーン・カトリーナの被害から立ち直ったといえない、ニューオルリンズの街もきっと明るくなるね。フレンチ・クォーターのバーボン・ストリートは大騒ぎでしょう。
NFCの対バイキングス戦も見てたけど、中継中はバーボン・ストリートがガラガラで驚いた。みんな中継見てたんだろうね。

ニューオルリンズは、ブルース好き、ニューオリンズ・ファンク好きの僕らには、特別な地。とても嬉しい。

NFCではファーブのバイキングスを逆転で破った。今回も「大差で勝利」という前評判のコルツに前半リードされ、しかも相手のQBはペイトン・マニング。そこからの逆転勝利。
セインツのファンが “WHO DAT” (誰がそんなこと言った?→ つまり「誰がセインツは負けるなんて言った?」という意味) というバナーを掲げていたけど、それがセインツの快進撃を物語ってるよね。

びっくりしたのはショーン・ペイトン HC の後半開始のオンサイド・キックのギャンブル!ガッツある判断で驚いた。
これで、それまでシーズン中の勢いを失っていたセインツのハイパー・オフェンスが我に返ったように生き生きと攻撃し始めた。4Q ではあのマニングからインターセプト、リターンタッチダウンで勝負を決めた。

感動したし、勇気をもらえたよ。ありがとう!セインツ!


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2010年02月03日

新月前夜、窓、そして君の事。【第 8 話】


文・イラスト: セキヒロタカ
 
 
  ・・・

[前回までのあらすじ]
新月前夜に「その」部屋の明かりが必ず2度明滅することに気付いた僕は、新月前夜になるとベランダから観察していたが、その晩はいつもと違って点いたまま消えなかった。その緑の明かりに暗示めいたものを感じ、翌日「その」ビルに行った僕が見たのは外壁を覆われたビルだった。そこで僕は「静かな朝の天気予報」の女の子に出会い「耳たぶ」の契約をする。翌朝、僕は前田から「その部屋」から持ち出されたものが SPring-8 に送られたことを知らされる。
    ・・・


「私がどんな気持ちで待っていたかわかる?ポストに入っていた合鍵を見て、どんな気持ちになったかわかる?」

「ごめん。もっと早く戻ってこようと思ってたんだよ。不安にさせたり心配させたりしたのは、本当に悪いと思う。ごめん。」

彼女は、俯いたまま左手で僕の右手の指先をぎゅっと握った。

「公園、行こうか。暖かいものでも飲みながら、少しお話しよう。」

僕がそういうと、彼女は握った僕の手を見ながらだまって頷いた。
僕たちは公園の入り口にある自動販売機でコーヒーを買い、手をつないだまま公園を横切ってベンチに腰掛け、暖かい缶コーヒーを分け合った。日は少し長くなり、公園では花も少し咲き始めていた。
僕たちは、ベンチに腰掛けたまま、野良猫の毛並みの差や公園の木の枝ぶりについて、ぽつぽつと話をした。
僕は前田から聞いたことを話さなかったし彼女も訊かなかった。多分、二人ともそんなことを話すのは何か違うような気がしていたのだと思う。
僕はくだらない冗談を言い、彼女は笑った。

「あなたって、そういうこと言わない感じなのにね。そういうくだらないところも好きよ。」

いつものように彼女はそろえた膝に手を当て、ちょっと立てたつま先を見ながらそう言った。
僕は暮れてきた空を見上げた。
さっきまで真っ青だった空は濃い群青になり、少し筋雲が掛かっていた。
 
 
  ・・・
 
 
公園から戻った僕たちは夕食も取らずにセックスした。
お互いの中にできた大きな空洞を埋めるように、お互いを食べ尽くすように貪り合った。

途中、オートロックのインターホンが一度鳴った。
彼女は、小さな声で「やめないで」と言って、僕の両頬を引き寄せて深いキスをした。

彼女は何度も達し、僕も果てた。
 
 
  ・・・

僕は彼女に今日前田から聞いたことをゆっくりと話した。
すでにあのビルの周りは当局から監視されていること、彼女が見たビルから運び出されたダンボール箱は SPring-8 へ運ばれた後、理研の和光本所に送られたこと。

僕が話し終わっても、彼女は僕の胸に顔を付けたままでじっとしていた。
しばらくして、少しずつ今日あったことを話してくれた。

「“あの”部屋にいた人たちは私たちからは感じられないところに行ってしまったと思うの。もうこの世界にはいない。この世界のどこにもいないの。」

彼女はそう言って、僕のうなじに鼻先を軽く当てた。
それは嗅覚で僕との記憶を固定しようとしているように思えた。
彼女は話を続けるのを少しためらっているようだった。

「今日、お昼前に部屋に帰ったらあなたがいなかったから部屋で待っていたのね。でも、なかなか帰ってこないので、きっとあのビルのところに行ったんだ、と思って自転車でビルのところに行ったの。今日もやっぱりあの“変な感じ”はしなかったわ。少しビルを見上げていたら、視線を感じたの。外国人の男の人と多分日本人の男の人がこちらをじっと見てた。私、少し怖くなって急ぎの用事があるフリをして自転車で急いで帰ってきたの。」

彼女はそういってから、僕のうなじから顔を離した。
やはり、当局の監視が厳しくなっているようだった。彼女もマークされかねない、と僕は心配になった。

「職場が近いから難しいだろうけど、もうあのビルに近づくのはやめた方がいいよ。君が危ない目に遭うのは耐えられないよ。」

「うん。わかったよ。」

彼女はそう言って僕の胸元に顔を戻し、それから、身体を少し起こして首の後ろに手を回してネックレスを外した。僕は彼女がそのネックレスを外したのを初めて見た。そのシルバーのトップの付いたネックレスはいつも彼女の胸元にあった。シャワーのときも、眠るときも。僕と抱き合うときも僕と彼女の間にネックレスがあった。だからそれは僕にとってずっと彼女の一部であったし、僕らの“一員”だった。
彼女はまたゆっくりと身体を僕の方に倒し、僕の首に優しく手を回してネックレスを着けた。それから彼女は僕の右の頬に唇を静かに付け、目を閉じてしばらくそのままにしていた。その間、彼女の柔らかな乳房がずっと僕の腕に触れていた。彼女は目を開けると、「そのネックレス、あげる。いつか、そのネックレスがあなたに必要になるときが来ると思うから。」と言った。

僕には彼女の言っている意味が分かった。彼女には見えるのだ。
そのとき僕は身体の中の「心」の場所が分かった気がした。その場所が強く締め付けられて湧き出た感情が僕の身体をいっぱいにした。僕は彼女を両腕で抱きしめた。僕の中からこぼれた感情は海岸の砂のようにサラサラと彼女の頬の上を流れた。

「あなたは大丈夫よ。」

彼女はそう言った。


  ・・・


僕は夢を見ていた。

僕たちは砂の惑星にいた。
砂でできた部屋に住み、砂色のベッドで寝ていた。
世界はすべて砂色の濃淡でできていた。

「次の新月の夜は、砂の日ね。」

と彼女は言った。


  ・・・

僕は激しい胸騒ぎで目が覚めた。
とっさに彼女の姿を探そうとしたが、その必要はなかった。
彼女の吐息で僕の胸の辺りは暖かく少し湿っていた。
僕は安心して、彼女が目を覚まさないように気を付けながら彼女の肩を静かに抱いてまた眠った。

  ・・・

朝になり、僕たちは一緒にシャワーをして、僕は彼女に部屋にいるように言ってから、朝食を買いに出た。
僕らは昨日の昼から何も食べていなかったし、彼女が昨日昼ごはんにと買って来てくれたイタリアン・レストランのピザはすっかり冷えて硬くなってしまっていた。
僕は彼女を部屋に残しておくのはとても心配だったが、僕と一緒に動き回るのはもっと心配だった。僕はすばやく食パンとミネラルウォーターとヨーグルトを買ってマンションに戻ろうとレジに並んだが、2人前の客のクレジットカード・エラーでレジの列は渋滞していた。

何とかレジで支払いを済ませてマンションに戻り、オートロックを鍵で開けて、エレベーターで彼女の部屋の階まで昇った。エレベーターはとても遅く感じられた。

部屋の鍵を開けようとしたが、部屋の中から彼女が出てくる気配がない。僕は動悸を抑えて急いで部屋に入った。
彼女の姿がなかった。
僕は慌ててトイレをノックした。トイレの電気も消えていた。もちろん彼女もいなかった。
ローテーブルに彼女の短い置手紙があった。

「一緒に朝ごはんが食べられなくてごめんなさい。少し出かけるので、自分のお部屋に戻っていて。私も戻ったら連絡するから心配しないで。いつも愛しているわ。」

僕は昨夜のことを思い出して、急いでオートロックのインターホンの所に行って録画再生ボタンを押した。

「録画件数 0 件」

しまった!なんてこった!こんなときにこんなボーンヘッドするなんて!
0件である訳がない。昨夜、インターホンが鳴ったのは間違いないのだ。
誰かが、何らかの目的で録画を消したのだ。

彼女を一人で残した悔いと自分に対する激しい怒りがこみ上げてきた。

「なんてこった!」

僕は何度もそう吐き捨てた。

(つづく)

  ・・・


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